大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3106号 判決

原告(反訴被告)

小倉琴寿

右訴訟代理人

中田長四郎

被告(反訴原告)

清水陽次郎

被告

清水利夫

被告

清水寿美恵

被告

宮川晴雄

被告

川瀬哲夫

右五名訴訟代理人

糸賀了

小沢英明

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)清水陽次郎に対し、別紙物件目録記載の建物のうち三階部分を明け渡せ。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴につき)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告)清水陽次郎は、原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載の建物につき、東京都豊島区南池袋二丁目三〇番一号小倉房一のため、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2 原告(反訴被告)に対し、被告清水利夫及び同清水寿美恵は右建物の一階部分を、被告宮川晴雄及び同川瀬哲夫は右建物の二階部分をそれぞれ明け渡せ。

3 被告(反訴原告)清水陽次郎は、原告(反訴被告)に対し、昭和四四年四月一一日から前項の各被告の明渡しずみまで一か月金四万円の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(反訴につき)

一  請求の趣旨

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告(反訴原告)清水陽次郎の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告(反訴原告)清水陽次郎の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴につき)

一  請求の原因

1 訴外亡小倉房一(以下、単に「房一」という。)は、昭和三三年一二月六日、訴外高野三郎との間で別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築を目的とする請負契約を締結した。

2 高野は、昭和三四年三月一一日ころ本件建物を完成し、房一に引き渡した。

3 房一は昭和三八年五月四日に死亡し、同人の妻である原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)並びに同人の子である訴外小倉一男、同小倉英二、同小倉弘三、同小倉得宇、同小倉康、同楠本ミチ、同水野トシ、同小倉スミ、同坂井サト子、同小倉巖及び同小倉美子が同人を相続した。

4 本件建物につき、東京法務局板橋出張所昭和三四年三月一二日受付第八二八六号をもつて訴外亡清水清(以下、単に「清」という。)のための所有権保存登記がなされた後、同出張所昭和五二年一一月四日受付第五六一八五号をもつて被告(反訴原告)清水陽次郎(以下、単に「被告陽次郎」という。)のための同年八月二五日の相続を原因とする所有権移転登記がなされている。

5 被告清水利夫及び同清水寿美恵は本件建物の一階部分を、被告宮川晴雄及び同川瀬哲夫は本件建物の二階部分を、いずれも遅くとも昭和四四年四月一一日以降占有している。

6 被告陽次郎は、前項の被告らに前項のとおり本件建物を占有させて原告らの本件建物所有権を侵害し、賃料相当の一か月四万円の損害を与えている。

よつて原告は、本件建物共有権に基づき、被告陽次郎に対し、本件建物につき真正なる登記名義回復を原因とする房一への所有権移転登記手続を、被告清水利夫及び同清水寿美恵に対し本件建物一階部分、被告宮川晴雄及び同川瀬哲夫に対し本件建物二階部分の各明渡しをそれぞれ求めるとともに、被告陽次郎に対し、不法行為に基づき昭和四四年四月一一日から右各被告の明渡しずみまで一か月四万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否(被告ら)

1 請求の原因1の事実は否認する。高野に本件建物建築を請け負わせたのは清である。

2 請求の原因2の事実のうち、高野が本件建物を完成させたことは認めるが、房一にこれを引き渡したことは否認する。

3 請求の原因3の事実のうち、房一が昭和三八年五月四日に死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

4 請求の原因4の事実は認める。

5 請求の原因5の事実のうち、被告清水利夫及び同清水寿美恵が本件建物一階部分を占有していることは否認し、被告宮川晴雄及び同川瀬哲夫が本件建物二階部分を占有していることは認める。

6 請求原因6の事実のうち 賃料相当額が一か月四万円であることは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

原告が本件建物の共有権を主張して本訴請求をなすことは、以下のとおり既判力、争点効又は訴訟上の信義則に反し許されない。

1 原告は、昭和四六年七月一日、清、被告清水利夫、同清水寿美恵、同宮川晴雄及び同川瀬哲夫を被告として東京地方裁判所に建物収去土地明渡請求訴訟を提起した(同裁判所昭和四六年(ワ)第五七一六号、以下、同事件の控訴審を含め「前訴」という。)が、その請求は、原告が本件建物の敷地(以下「本件土地」という。)を所有しているのに対し、清が本件建物を所有して本件土地を占有し、被告清水利夫及び同清水寿美恵が本件建物一階部分を、被告宮川晴雄及び同川瀬哲夫が本件建物二階部分をそれぞれ使用して本件土地を占有しているとして、清に対し本件建物の収去・本件土地明渡しと賃料相当の損害金の支払いを、右各被告らに対し、本件建物の各使用部分退去・本件土地明渡しを求めるものであつた。

2 右事件につき東京地方裁判所は、昭和四九年七月三〇日、清の本件土地使用借権を認め、原告の請求をいずれも棄却する判決を言い渡し、原告は、これを不服として東京高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和四九年(ネ)第一八六六号)。

3 右控訴審において、原告は、予備的請求として、清ら被控訴人に対し本件建物所有権に基づき本件建物の退去を求めたが、東京高等裁判所は、昭和五一年四月二七日に弁論を終結したうえ、同年五月二七日、清の本件土地賃借権を認めて原告の控訴を棄却し、予備的請求については原告の本件建物所有権は認められないとしてこれを棄却する判決を言い渡し、同判決は同年六月一八日に確定した。

4 原告の被告陽次郎に対する本訴各請求は、いずれも本件建物共有権に基づくものであるが、前訴の控訴審は、口頭弁論終結時において原告に本件建物所有権が認められないとして清に対する予備的請求を棄却したものであり、被告陽次郎は清の一般承継人であるから、原告が右弁論終結時に本件建物共有権を有していたと主張することは同一の争点を再び蒸し返すものであり、いわゆる争点効又は訴訟上の信義則に反し許されない。

5 また、原告のその余の被告らに対する本訴請求は、本件建物共有権に基づき各占有部分の退去を求めるものであるが、前訴控訴審で予備的請求が棄却されたことにより、原告が口頭弁論終結時において本件建物所有権に基づく本件建物退去請求権を有しないことにつき既判力が生じたものである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実はすべて認める。

2 抗弁2の事実は認める。

3 抗弁3については、予備的請求に関する部分を除き認める。前訴控訴審における予備的請求は、清に対し、本件土地所有権に基づき本件建物退去・本件土地明渡しを求めたものであり、原告の本件建物所有権の主張は、清に本件土地の占有権原がないことの理由としてなしたものに過ぎない。

4 抗弁について、被告陽次郎が清の一般承継人であることは認めるが、その余の主張は争う。

5 抗弁5の主張は争う。前記のとおり、前訴控訴審における予備的請求は清に対するものである。

(反訴につき)

一  請求の原因

1 清は、昭和三三年一二月、高野三郎に本件建物の建築を請け負わせた。

2 高野は、昭和三四年三月六日ころ本件建物を完成し、清に引き渡した。

3 清は、昭和五二年八月二五日に死亡し、同人の相続人である訴外清水イノ子(妻)、同清水静江(子)及び被告陽次郎(子)の間で、同年一一月三日、本件建物の所有権を被告陽次郎が取得する旨の遺産分割協議が成立した。

4 原告は、本件建物のうち三階部分を占有している。

よつて被告陽次郎は、所有権に基づき原告に対し本件建物の三階部分の明渡しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は否認する。

2 請求の原因2の事実のうち、高野が本件建物を完成したことは認めるが、清にこれを引き渡したことは否認する。

3 請求の原因3の事実は認める。

4 請求の原因4の事実は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴についての判断

一原告の本件建物共有権について

原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも本件建物の共有権に基づくものであり、原告の右共有権の発生原因に関する主張は請求の原因1ないし3のとおりであるが、被告らは、原告が右共有権の主張をなすこと自体、既判力、争点効又は訴訟上の信義則に反し許されないと主張するので、この点につき判断する。

抗弁1ないし3の事実(前訴の内容及び経過)については、控訴審における予備的請求に関する部分を除き当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、前訴の控訴審における原告の予備的請求は、本件土地所有権に基づき、清に対し本件建物退去、本件土地明渡しを求めるものであり、これに関し、清の本件土地占有権原喪失の理由として本件建物の使用権の喪失が原告によつて主張されたことが認められる。そうすると、原告の前訴における請求はいずれも本件土地所有権に基づくものであるから、原告が本訴において本件建物共有権を主張することは既判力によつて妨げられるものではないというべきである。

また、〈証拠〉によれば、前訴の第一審においては本件建物が清の所有であることについて当事者間に争いがなく、控訴審においても、本件土地の占有権原との関係で清の本件建物所有権取得時の房一と清との間の合意内容が争点とはなつたが、清の本件建物所有権については当事者間に争いがないとされた(この点の原告の主張の真意は後記のとおり必ずしも明確ではない。)ことが認められるから、当該論点が前の訴訟において実質的な争点となり、それにつき当事者が攻撃防禦を尽くしたうえで裁判所が判断を示したことを前提とするいわゆる争点効は、本件における本件建物所有権帰属の争点については適用の余地がないというべきである。

しかしながら、前記のとおり原告は、前訴において、清が本件建物を所有していることを請求の原因事実の一つとして積極的に主張して、その敷地である本件土地の明渡しを求める訴えを提起したのに対し、本訴においては、一転して、前訴の提起時において本件建物は原告らの共有に属しており、清の所有ではなかつたと主張し、前訴の被告と全く同一の者(ただし、清についてはその一般承継人である被告陽次郎)を被告として、本件建物につき所有権移転登記手続、明渡し等を求めているのであり、その主張の変更につき正当な理由がある旨の主張・立証は全くなされておらず、前訴につき訴え提起から原告敗訴の判決確定まで約五年を要していること、原告の訴訟代理人は前訴と本訴を通じ同一であること、及び被告陽次郎を除くその余の被告らに対する本訴請求は前訴における請求と実質的に同内容であることをも考慮すると、原告の前記主張は、形式的には既判力又はいわゆる争点効に抵触しないとはいえ、紛争の一回性の要請に反し、相手方の立場を著しく不安定にするものであり、訴訟上の信義則に反し許されないというべきである。もつとも、〈証拠〉によれば、原告は、前訴の控訴審において、本件建物建築時の房一・清間の合意に関し、清は本件建物の使用に付随して敷地である本件土地を使用する権原を有していたにすぎないと主張したことが認められ、右主張は、本件建物の所有権は建築時に房一に帰属したものであり、清に帰属したものではない旨の主張とも理解できる。しかし、原告が前訴において既にそのように主張するのであれば、それを明確にしたうえ、訴えを本訴と同様の本件建物所有権(共有権)に基づく請求に変更し、右主張にそう事実の立証を図るべきであつたところ、〈証拠〉によれば、原告は、単に清に対し前記の内容の予備的請求を追加したのみで何ら右のような措置をとらず、控訴審判決において、原告の前記新主張は、主位的請求との関係では本件土地貸借関係についての自白の撤回にあたり、その要件を主張・立証しないとして排斥され、予備的請求との関係ではその主張を認めるに足りる証拠はないとして排斥されたことが認められるから、原告が前訴において前記主張をなしていた事実は、本訴での主張が信義則に反するという判断を補強する事情となりえても、右判断を左右するものとは到底認めることはできない。

また、本件では被告陽次郎から原告に対し本件建物所有権に基づく反訴が提起されており、この反訴との関係では、結局、本件建物所有権の帰属が実質的争点となるが、この事情も右判断を左右するに足りないというべきである。

二以上のとおり、原告が被告らに対し本件建物共有権を主張することが訴訟上の信義則に反し許されない以上、これを前提とする原告の請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がない。

第二反訴についての判断

一本件建物所有権について

1  〈証拠〉によれば、房一は、もと本件土地を訴外太田とよから賃借し、地上に木造平家建家屋を所有していたが、昭和三三年に至りその改築の必要性を感じ、訴外笹本某に相談したところ、同人から高野三郎を紹介されたこと、そして高野が房一と面談し、同人には全く資力がないことが判明したため、高野は知人の訴外山本岩兵に建築資金の融資のあつせんを依頼し、山本は清にこの融資の話を持ち込んだこと、これに対し清は、融資は断つたものの、当時同人自身が住居の立退きを迫られていたため、同人が建築資金を支出し、完成した建物を房一とともに使用することを提案したこと、そして、その後房一からすべてを一任され高野と清の意向を受けた山本との間で話が進められ、同年一二月六日ころ、房一と清の間に右提案にそつた合意が成立し、以後、高野は、清の指示に従つて建物の設計・建築をし、代金額及びその支払方法も清との間で決定したこと、他方、清は、高野が建築士の資格を有しなかつたため、知人の建築士に建築確認申請に必要な書類を作成させる一方、本件土地の所有者である太田とよに承諾料を支払つて同土地を建築敷地として使用することの承諾を得たこと、そして清は、建築代金全額を直接高野に支払い、昭和三四年三月一二日に本件建物につき清名義の所有権保存登記をした(この登記の点については当事者間に争いがない。)こと、以上の事実を認めることができ、これらの事実を総合すると、昭和三三年一二月に清と高野の間に本件建物建築につき請負契約が成立し、高野は右契約に従つて本件建物を建築したと認めることができる。

もつとも、証人高野三郎(第一、第二回)の供述中には、本件建物建築の注文主は房一であり、清は建築代金を立替え払いしたものである旨、及び、太田とよは房一の本件建物建築を承諾したのであり、前記甲第六号証の使用権者欄は空白であつた旨の部分があり、また甲第一号証には、清が本件建物を房一名義とすることを承諾したかの記載がある。しかしながら、証人高野の右供述中、太田とよの承諾に関する部分は甲第六号証の記載の形式に照らすとたやすく信用できず、また、証人高野三郎(第一回)及び同山本岩兵の各証言によれば、甲第一号証は、当時本件建物の建築に反対していた原告を説得するために高野が作成し、山本が清に代わり記名・押印したものであることが認められるから、同号証が清の意思に基づき清、高野及び房一間の合意を記載したものと認めることはできない。更に、〈証拠〉によれば、高野は、本件建物建築の際、道路占用許可等の申請を房一名義で行つたことが認められるから、高野の内心的意思としては、本件建物建築の発注者は房一であると理解していたと推認できないことはないが、高野がこれを清や山本との交渉において客観的に表示したことを認めるに足りる証拠はない。従つて、前記証人高野の建築注文主が房一である旨の供述部分及び右道路占用許可等の申請が房一名義でなされた事実は、前記認定の高野と清との間の交渉等に関する諸事実から、客観的には高野と清の間に請負契約が成立したものと判断する妨げとはならないというべきである。

他に前記認定判断を左右するに足りる証拠はない。

2  請求の原因2の事実のうち、建物の完成の点については当事者間に争いがなく、引渡しの点については、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

3  請求の原因3の事実(相続)については当事者間に争いがない。

二原告の本件建物三階部分占有について

請求の原因4の事実については当事者間に争いがない(なお、〈証拠〉によれば、原告は本訴係属中に本件建物三階部分から転居したことが認められるが、〈証拠〉によれば、原告はなお右建物部分に多少の所有動産を残置していることが認められ、これに原告が本訴において本件建物の共有権を主張していることをも併せ考慮すれば、原告はいまだ右建物部分の占有を失つていないとみるべきである。)。

三結論

よつて本件建物所有権に基づき原告に対し同建物三階部分の明渡しを求める被告陽次郎の反訴請求は理由がある。

第三結語

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、被告陽次郎の反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言の申立ては相当でないから却下して主文のとおり判決する。 (鈴木健太)

物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例